DOGEZAブログ~一日一土下座~

30代男性の日々の反省を記録していくブログです。

くすぐり猫とDOGEZAのワンダーランド(後篇):村上春樹風出張日記

僕は早速北陸新幹線のホームに向かった。ホームはまるでイベント会場のような熱気を帯びている。熱気の発生源は、高齢者のツアー客のようだ。

「やれやれ、僕はこれから初めて触るシステムを、初めて人に教えるっていうのに。全くお年寄りってやつは気楽なもんだよ。」暇があれば毒付く僕を、もう1人の僕がたしなめる。

「君は暇さえあれば、毒付いているけど、彼らだって今日の君のような経験を君よりも繰り返してきているはずだよ。人生の先輩に対してはもっと敬意を持ってごらんよ!」

「分かったよ。君の言う通りさ。僕には人生の先輩に対しての敬意が欠けていたのかもしれない。きっとそうだと思うよ」

僕はうんざりしながらも、旅人達の間をダンスを踊るようにすり抜けて、一目散に目的の車両を目指した。かなり並んでいたけども、お気に入りの座席に無事につく。三人掛けの窓側が僕のお気に入りの場所だ。最前列か最後列であれば尚良い。立っている人もチラホラ見える中で、お気に入りの場所を確保出来たのであれば文句はない。北陸新幹線の名前は「はくたか」良い名前だ。「かがやき」よりもずっと良い。そして「はくたか」は走り出した。

富山駅までは2時間半、そこから乗換の電車を待つこと50分、更に電車を乗り換えて30分。時間はたっぷりある。僕は電車の中で今回の冒険のプランを練り始めた。まずはシステムの確認が先決だ。僕は唯一発見する事が出来た、今回使用するシステムと似たシステムのマニュアルを確認する。少しは参考になりそうだ。一時間ほどマニュアルと格闘していると、やけに耳障りな音が鳴り響く。年配の男性特有の、歯に挟まった「何か」を舌で必死に取り出そうとしている「あの音」だ。またしても毒づきかける自分を必死に食い止める。すかさずもう一人の僕が言う。

「そうそう。その調子だ。君もやれば出来るじゃないか」

僕はうんざりしていたので、その言葉に返す気力は無かった。「あの音」を聞き続けていると、僕はすっかりマニュアルの事などどうでもよくなってしまった。カバンから司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を取り出す。司馬遼太郎とは、村上春樹の小説と同じ時期に出会った。僕はなんでも出会いが遅いのだ。初めて読んだのは「坂の上の雲日清戦争日露戦争の時代を描いた小説だ。そこに出てくる数々の実在の男達の物語に僕はすっかり魅了された。若くして志を持ち、私心なく将来の日本の為に、勉学と武芸に励む姿に心を奪われた。村上春樹の小説とは世界観も文章も全く異なるけれど、風景や描写が目に浮かぶという点では共通点があった。ふと外を見ると軽井沢を越え、トンネルをくぐり抜け、目の前に雪景色が。川端康成の小説のような気の利いた言葉は出て来ない。気づくと僕はぐっすりと眠ってしまっていた。目を覚ますと次は富山というアナウンスがなる。目覚めは悪くない。僕は縁側で寝転ぶ猫のように大きく一つ伸びをして、颯爽と乗車口に向かった。

駅を降りると、春の匂いと共に暖かい風がホームを吹き抜けていた。まるで女の子が無邪気に遊んでいるかのような風の声が聞こえる。新幹線のホームを降り、しっかりとした足取りで目的地に向かう。目指す先は、先週富山に来た時に気になっていた白海老丼を提供する飲食店。時間も無い僕にはピッタリな駅中のショッピング街にあるなんでもないお店だ。店に入り食券を買う。僕は迷わず白海老丼のボタンを押す。やや耳障りな機械音が鳴り響き、僕の注文を連呼する。そんなに連呼しなくても一回で聞こえるさと思いながらも席につく。5分ほどで丼が運ばれてくる。まるで世界3大行進曲の「旧友」のように躍動感溢れる白海老を堪能する。僕はサッと昼ご飯を済ませ、発車の15分前には乗換の駅のホームに向かう。乗り換える電車は「あいの風とやま鉄道」まるで安っぽい映画の舞台にでもなりそうなネーミングに、僕は何か考える気力もなくなってしまった。爽やかなブルーのパッケージに包まれたエメラルドマウンテンを買い、マルボロライトに火をつける。駅のホームに喫煙所がある事はありがたい。「あいの風とやま鉄道」も悪くない。火傷しそうなくらい根元まで吸ったタバコを灰皿に投げ入れ、僕は電車に向かう。電車の中は既に人がいっぱいだ。昔ながらのボックス席に、老若男女が膝を寄せ合って座っている。数少ない2人掛けの空いている座席を見つけた僕は足早に滑り込む。どうやら膝を寄せ合って座る心配はなさそうだ。5分ほどして電車は富山を後にした。

ふと隣に目をやる。年齢は20歳くらいだろうか、綺麗な黒髪があごの辺りまで伸びたショートカット、白いタートルネックのセーター、上には黒のジャンパーを羽織り、グレーのロングスカートに足元は黒いVANSのオーセンティック。悪くない。どうやら耳につけたイヤホンの先から流れる音楽に夢中のようだ。

村上春樹の小説であれば、ここから出会いが始まるかもしれない。

「なんの音楽を聴いているの!?」という問いかけから、「グローバーワシントンJrのJust the two of usを聴いているのよ」と答え、「若いのに良い趣味だね」なんて始まりから、どこから来てどこに行こうとしているのか、どんな事に興味を持っているのかまで、30分では語り尽くせない時間になるはずだ。ただし、現実はそんなに甘くない。僕は下らない妄想を一人で楽しみながら目を瞑る。そんな出会いなんかなくても僕にはこれからやらなければいけない事があるのだ。

 30分程電車に揺られ、目的地の駅に着く。東京で見慣れている駅とは全く異なる風景。ガランとしたホームを歩き、駅員のいない改札通り抜ける。目的地の病院までは歩いて10分。僕は煙草に火を点けて歩き出した。ここまで来たら後はやるしかない。安いヒーロー物の映画の主人公になった気分だ。後はヒロインでもいれば完璧なのに、そんな事を考えながら歩いていると、あっという間に目的地に辿り着く。近くの灰皿に煙草を投げ入れ、僕はいざ決戦の場に足を踏み入れた。

担当者に電話を入れる。待っていると、少し薄くなった茶色い髪の毛と45度に垂れた優しそうな目をした担当者が迎えに来る。前回同様少し大きめのダボッとしたスーツに身を包んでいる。挨拶を済ませ、今日の流れを確認する。まずはサーバー室での作業が必要だ。僕は垂れた目をした担当者に連れられて、サーバー室に入った。サーバー室はまるで採れたばかりの魚を新鮮に保つかのようにヒンヤリとしていた。外気と比べると尚更寒さが身に染みる。まるで異世界に入ったようだ。サーバー達はまるで黒部ダムの放水のように轟々と音を響かせ、フル稼働している。休むことが許されないサーバ達の悲鳴のように聞こえる。

「今日だけは期限を損ねないでくれよな」そっとサーバー達に声を掛け、僕は作業を始めた。新幹線で確認しておいた手順に沿って作業を進める。出だしは順調だ。軽快に作業を勧め、第一関門を終えた。ただし、まだスーパーマリオの1面をクリアしたようなものだ。この後はクッパと戦わなければいけないのだ。ピーチ姫はいないけれど。

僕はシステムを使う部屋に向かい、初めて主役のシステムに触る。説明会までは残り45分、時間との戦いだ。まずはシステムを触りながら画面キャプチャを撮っていく。同時に探り探り操作の手順を確認していく。もう1人の僕が語りかける。

「そうそう、その調子だよ。落ち着いて、正確に、あせらずに、スピードをあげるんだ。大丈夫!君はきっとやれるさ」

「僕はやれる」もう1人の僕の掛け声に励まされながら、マニュアルを作っていく。最初はマニュアル作りは時間的に難しいだろうと思い、作るつもりはなかった。けれどやれる事は全てやる、そんな気持ちにいつしかなっていた。説明会の開始10分前、マニュアルは完成した。

「人間頑張ればなんとかなるものさ」僕はそう呟いてみる。全くその通りだ。クッパとの最終対決に臨むかのような説明会を目前に控えながら、僕は思いのほかすっきりした気持ちで迎えていた。パラパラと人が集まりだす。参加者は6名。多くない。すっきりとした気持ちで迎えているものの、背中にはヒヤリとした汗が流れ落ちる。冷静と緊張の間を彷徨っているようだ。そして、説明会が始まった。

40分後、僕は病院を後にした。何も問題は無い。僕は無事に病院を出る事が出来た。無事に役目を果たした安堵感と緊張からの解放で体が鉛のように重く感じた。けれど、心は今日の空のように晴れ晴れとしている。駅に着くと、ちょうど僕を待っていたかのように、電車が滑りこんでくる。ガラガラの車内に入り、ほっと息をつく。もう1人の僕は何も語りかけてこない。目の前には雄大な立山連峰が、一仕事終えた僕を見送っている。心地よい解放感に包まれながら、トコトコと走る電車に揺られ、僕は家路に向かった。車内で僕は、堀江貴文近畿大学卒業式での言葉を思い出していた。

「未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ」マニュアルが無い、システムを触った事がないなどという過去に執着せず、そんな状態で説明会を実施してどうなるか?を恐れず、今出来る最大限を精いっぱいやり切る。そんな状況だったかもしれない。

「それは良く言いすぎじゃないかい!?」久しぶりにもう1人の僕が笑いながら語りかける。僕がポジティブに考えていると今度はそれを諌めるように語りかけてくる。全く気が合わない。

「君の言うとおりだよ。僕はそんなにしっかりと考えて行動していた訳じゃない。ただダンスを踊るように、その場で出来る最大限をやっただけだよ。君のアドバイス通りにね」

「それは僕が一番知っているよ」もう1人の僕が返す。僕は口を結んだまま自然と笑みがこぼれた。

富山駅に到着した僕は、真っ先に駅の売店に向かう。先週訪れた時に買えなかった、父親との思い出の「ますのすし」を買うためだ。僕の束の間の大冒険は全てのミッションを完了し、終わりに近づいている。後はこの冒険の物語を書き記すだけだ。ホームに戻り、新幹線を待つ。帰りの新幹線の名前は「はくたか」だ。悪くない。帰りの車内はガラガラで、僕はお気に入りの3列掛けシートの最前列に滑り込む。そしてパソコンを開き、今日の冒険の物語を書き始めた。

「けたたましいアラームが鳴り響く。まるで素人が奏でるジャズの不協和音のようだ」よし、出だしは村上春樹っぽい。僕は一心に書き続けた・・・

 

【エピローグ】

東京駅に着く。時刻は21時半。「あいの風とやま鉄道」の駅と違って、東京駅は春節のようにゴッタ返している。京葉線に向かう道中、ディズニーランド帰りの浮かれた面々に嫌というほどすれ違う。

僕はわざと半笑いで毒づく。

「やれやれ、僕はやっとの思いで一仕事を終えてきたというのに、ネズミのカップルと戯れてきた浮かれポンチ達に遭遇するなんて、全くツイてない。」

すかさずもう1人の僕が切り返す。

「君も全く変わらないね。僕も君の毒づきにはいい加減うんざりだよ」

その言葉を受け流しながら歩く僕の顔もきっと、一仕事終えた浮かれポンチの顔に違いない。

 

「くすぐり猫とDOGEZAのワンダーランド」

2015年4月18日刊行 DOGEZA社

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